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2014年3月6日木曜日

ゴマダラカミキリ


 子供の頃住んでいた団地ではシロスジカミキリは中々採れなかった。
 それだけにシロスジカミキリをつかまえた子供は仲間から垂涎の眼差しで見られた。
 一方シロスジカミキリを小さくしてちょっと模様も似てるかな、白い点だし、というゴマダラカミキリはちょこちょこ採れたものの、あまり人気はなかった。
 それでも一応そこそこの大きさだし、採れると嬉しくはあった。

 今の目で見ると腹側のグレイッシュブルーの鱗片などは結構きれいな色で、それなりに満足させてくれるカミキリムシである。
 でも、昔に比べて見なくなった気がするのは気のせいか?

 様々な樹木につくため、結構な嫌われ者である。
 特に柑橘系では被害は大きい方である。
 カミキリってマツノマダラカミキリを筆頭に、樹木に関わる人には嫌われているなぁ…

2014年3月5日水曜日

キイトトンボ



 このトンボを始めてみたのは小学校の5年位だっただろうか?
 団地の隣に住んでいた一家が引っ越し、引越し先(たしか埼玉県だったように記憶しているが)に遊びに行った時の事だった。
 近くの水田にこのトンボが飛んでいて、鮮やかな黄色とイトトンボにしては大型な身体が記憶に残った。
 以来ずっと近くで見たいと思っていたが、中々機会に恵まれずよく行っていた丘陵の田んぼでは数年に一度田んぼの真ん中あたりを見るにすぎなかった。
 山形に出張に行った時、ビオトープの池で見たがじっくりと見ている時間はなかった。

 しかし、よく行っていた丘陵で2010年にキイトトンボが大発生した。
 何しろ、あちらこちらにウジャウジャいるのだ。
 写真を撮ろうと1匹を追うと、すぐその脇から別の個体が飛び出し、どんどん個体数が確認できてどれを撮影したらいいのかわからないくらいだった。
 一度飛ぶと、止まりそうで中々止まらずウロチョロ飛び回って撮影しにくい種だったが、さすがにその年はたくさん撮影できて、満足できたのだった。

2014年1月2日木曜日

ミンミンゼミ


 ちょうど、この投稿で100投稿目となるようである。
 記念というわけではないが、好きなミンミンゼミを選んでみた。
 セミの中では大型な部類で、透明な長い翅と圧縮されたような身体、緑色が美しいセミである。

 子供の頃住んでいた団地ではアブラゼミはたくさんいたが、ミンミンゼミは毎年1~2匹どこからか飛んでくる個体の鳴き声が聞かれる程度で、とても憧れているセミだった。
 朝に夏休みの宿題をやっていると突然団地内に鳴き声が響き渡る。
 母親に外出の許可をもらい(専業主婦なので、ずっと家におり、朝宿題をやらないことには何もさせてもらえなかった)。網を持って大急ぎで鳴き声のする方向に走る。
 でも、大抵ひと鳴きすると飛んでしまい、また鳴くまで待つが、それがとんでもなく遠くはなれていることもある。
 そしていつも見つけた時にはそのとまっている高さに悔しい思いをするのであった。
 いつも簡単に網が届く高さにはとまっていないのである。
 それでも木に登ったり、家から物干し竿を持ち出したりで、小学校5年位の時にはなんとか一夏に一匹程度は採れるようになっていた。

 中学二年の夏休みに親友のOの田舎に行くと、ミンミンゼミは考えられないほど低いところにとまっており、場所が違うとこんなにも違うものか、と複雑な気持ちになってのを記憶している。

エゾカタビロオサムシ


 翅に特徴的な点刻を持つオサムシで、地上で見ることが多い。

 子供の頃住んでいた団地では、一番良く見られたオサムシであった。
 大きなゴミムシという印象であった。
 なんとなくつかまえにくく、捕まえると口からなんか液体を出すイメージがあり、敬遠していた昆虫であった。
 社会人になって雑木林に行く機会が増えると、よく見るオサムシはアオオサムシになり、このエゾカタビロオサムシはあまり見なくなった。
 見られなくなると、見たくなるもので、たまに見かけるととても懐かしくなる昆虫である。
 団地の芝生に多かったのは、ガの幼虫が多かったせいだろうか。

2014年1月1日水曜日

ゴマダラチョウ


 今年最初の昆虫ネタはゴマダラチョウにした。
 オオムラサキに近いタテハチョウで、羽化して間もないオスの表面はうっすら紫色に光りを反射する。

 中学~高校にかけてよく行っていた雑木林があった。
 自分の住んでいる場所は団地だったので、ケヤキやクロマツは植栽されているのだが、クヌギやコナラなどいわゆる雑木林の種は殆どなかった。

 その雑木林は家からは自転車で20分位のところであったが、目の前は水田でいろいろな昆虫がいた。
 畑のそばにはクヌギとエノキがあり、そこによく舞っていたのがこのゴマダラチョウである。
 いるときはたくさんいるのだが、全くいない時もあり、キタテハなどより貴重な種であった。
 なぜか中々写真に撮ることができない種類というイメージが有り、初めて写真にとった時は結構感動したものであった。

 ある日いつものようにゴマダラチョウを見ようとこのクヌギに行くと、伐り倒されてクヌギはなかった。
 茫然としつつも、自然破壊だ!などと思っていたが、雑木林の本筋からいけば伐り倒されても何の不思議もないのだが、当時はそんな雑木林に対する知識は全くなかった。
 それ以降は中々見る機会はなかったのだが、社会人になってからは再び観察することができるようになり、嬉しく思っている。


 このチョウの特徴の一つに複眼と口吻が黄色であることがある。
 この色が自分ではとても綺麗に見えて、それも好きである重要な要素であるのだ。

2013年12月24日火曜日

アカガネサルハムシ


 赤金というより、タマムシを丸くしたという感じのハムシである。
 ハムシとしては大型の方であり、硬い身体をしている。
 
 特徴はなんといってもその美しさである。
 初めてこの虫を見たのは、社会人になってからで、狭山丘陵が初めてだと思う(美しい割にその辺の印象が薄い…)。
 初めて見た時はもちろん捕まえていたのだが、標本は残っていない。
 それと、写真が殆どない。
 写そうとするとすぐ葉の裏に隠れたり、ポロッと落ちたり写しにくいといえば写しにくい種でもある。
 この写真もヤマブドウの裏側に逃げ込んだのを葉を裏返して撮ったようである。

 持って帰ったこの虫も展足しようとすると脚がポキポキ折れたり、触角がちぎれたりで苦労した記憶がある(技量が低すぎるのか?)。
 来年是非また会いたい虫である。

2013年12月13日金曜日

サラサヤンマ


 ヤンマの中では小柄で華奢な感じのするヤンマである。
 サラサとは染色工芸品で、模様からこの名前がついたのだろうか。

 実物を見たのは社会人4年目くらいのことで、仕事で調査に訪れた樹林地の中だった。
 樹林地には細流があり、トウキョウサンショウウオが産卵したりしていた。
 春にその場に行くと、一匹のヤンマが飛んでおり、同じコースを行ったり来たりしている。
 まだ見たことのない種だったので名前はわからず、中々とまらないので種名を確認することを諦めて近場の植物の写真を取っていた。
 すると「パサパサ」と羽音がして、サラサヤンマ近づいてきた。
 近づいただけではなく、足にとまってしまった。
 そのおかげで何枚も写真を撮ることができたが、当時はまだデジカメはなく35mmフィルムカメラであったから慎重にアングル、ピントに気をつけながら撮影をしていた。

 掲載写真は別の機会に撮影したものだが、やはり自分の足にとまった時のものである。
 午前中早い時間であれば、比較的警戒心は薄く細流脇の草にとまったり、ホバリングする姿が割と近距離から観察することができる。

 こんな風に自分にとまられると、ついつい可愛くなってしまう。

ハグロトンボ


 河川に生息する翅が黒いトンボである。
 カワトンボは翅が透明なものが多く、ミヤマカワトンドは茶色のスモークがかかっている。
 ハグロトンボは黒く、アオハダトンボも黒い。
 ハグロトンボは一時減少したが最近は分布域を戻しつつあるという。
 基本的に羽を閉じて止まるが、時々写真のように翅を一瞬開く。

 ハグロトンボを初めて捕まえた(捕まえてもらった)のは小学校1年の家族で養老渓谷にいった時の事だった。
 その時はハンミョウやニワハンミョウも初めて捕まえ、収穫の多い日であった。
 その美しい緑色の腹に子供ながらすっかり魅了されてしまった。
 腹が美しいのはオスだけで、メスの腹は茶色である。
 それでもオス、メスともに金属光沢があるきれいな腹である。
 しかしやはり派手なオスの方が魅力的なのである。

 妻と結婚して初めての夏休み、化石を採集しようと出かけた河川は河川改修で化石のある露岩はすっかり消失していた。
 仕方なく川遊びに切り替え、泳いだりしているとそこに飛んでいたのはこのハグロトンボであった。
 写真もその時に撮影したものである。

 これからも分布域を狭めることなく美しい姿をずっと見せてほしいものだ。

コアオハナムグリ


 その名の通り青(緑)色をした小さなハナムグリである。

 個人的にはこの虫は好きで、捕まえて握りこぶしのななに入れるとモゾモゾしながら指の間に潜ろうとする行動などが好きである。
 花の中に頭を突っ込んでいることがあり、これがハナムグリ(花潜り)の名前なのだろう。

 中学1年の秋、学校の帰りにコアオハナムグリを捕まえ、自宅に持って帰った。
 観察記をつくろうと、シャーレにスポンジを入れ、蜂蜜を薄めたものを含ませて、それを餌にすることにした。
 数日飼ってみたが活動に目立った違いはなく、毎日スポンジにかじりついているだけである。
 中学生にとって、これは大変つまらない。
 思いついたのが耐熱実験であった。
 もう秋もだいぶ深まっており、我が家ではこたつが出されていた。
 こたつの温度設定を“強”にして“暑さ”を作り出し、どこまでこの虫が平気か試したのである。
 ハッキリとは覚えていないが、多分40度後半だったと思う。
 それまでもがいていたコアオハナムグリは動かなくなった。
 外へ出しても全然動かない。
 その頃は生き物は高熱下では身体を構成するタンパク質が変性するなど知らないし、ましてや生きていくこと自体が不可能なことを理解していなかった。
 
 コアオハナムグリはたまに触角を動かすくらいで、殆ど動かなかった。
 餌だけはずっとやっていたが、そのうちに死んでしまった。

 今思えば、地獄を作り出していたわけで、結局観察記らしいものもできなかった。
 さすがにそれ以降は同じことをすることはなかった。

2013年12月11日水曜日

オニヤンマ


 日本で最大のトンボである。
 黒地に黄色い紋が美しいが、複眼の緑色の美しさは息を呑むほどである。

 このトンボに初めて触れたのは小学校4年だったと思うが、両親と養老渓谷に一泊で旅行した時である。
 養老渓谷ではオニヤンマが比較的高いところを飛んでいて、持って行った子供用の虫取り網では届かない高さを悠々と飛んでいた。
 父に「採ってよ~。」とせがんだが、父も「高すぎるなぁ。」と言って、しばらくは下からその姿を眺めるだけだった。
 しばらく歩くと、農家が刈った稲を干す竹竿がまとめて置いてあるところがあった。
 そこから父は1本の竿を拝借して、虫取り網につないだのである。
 オニヤンマは決まったコースを周回する習性があるので、父はまずコースを見極めていた。
 そして何度か通過したのを見た後、これを捕まえた。
 網の中で暴れる音もすごかったが、その複眼の美しさに惚れ惚れしてしまった。
 今でも昆虫の複眼の中ではヤマトンボ類と並んで1・2を争う美しさだと思う。
 結局その日は2匹のオニヤンマを採ってもらった。

 ビニール袋に入れて持って帰ったオニヤンマは、やがて死んだ。
 その頃はトンボを的確に標本にする腕もなく(今もあるわけではないが)、アセトンの存在も知らなかった。
 オニヤンマの美しい緑の複眼や黄色い紋はやがて色彩を失い、黒く乾いていった。

 父は子供の頃鳥もちを使ってギンヤンマなどを捉えていたという。
 しかも東京の碑文谷で。
 その頃に身につけた技をずっと持ち続けていたのだろう。
 大抵の昆虫は頼むと採ってくれた。
 今思うと凄いことである。

キマダラミヤマカミキリ


 昔はただの「キマダラカミキリ」だったように記憶している。
 身体にビロードの様な毛が生えており金色の模様が美しいカミキリである。
 オスの触角は長く、カミキリらしい美しさを持った種である。
 
 このカミキリを始めてみたのは親友の「O」と夜に行っていた樹液巡りの時である。
 クヌギかコナラか覚えていないが、樹液にこのカミキリが2匹位来ていた。
 1匹は「O」が捕まえたのだが、もう1匹はアズマネザサの中に落ちてしまい見つからなかった。
 捕まえた個体を見せてもらうと、美しいのにびっくりした。
 ただちょっと身体が細かったので、ちょっと変な感じも持った。
 身体が細く、そこから細い足が出ている形態はあまり好きではないのである。
 今でもゲジやカマドウマは好きではない。
 
 それから数は多くはないが、何度かこのカミキリを見てはいるが、捕まえて標本にしたことはない。
 このカミキリとは縁が薄いのであろうか?

ヤマトゴキブリ


 森のなかによくいるゴキブリである。
 こいつらをよく見るのは、カブトムシやクワガタを採りに夜雑木林の樹液を巡っている時である。

 確か中学の1年の時だったと思うが、親友の「O」とよく夜に樹液巡りをやった。
 こいつらが樹液にはよくいたのである。
 ちょっと見、色や大きさがノコギリクワガタのメスとそっくりで、うっかり手を伸ばしそうになり懐中電灯でよく見て「ゲゲッ!」っとなるのである。
 これを見つけた「O」は近くに生えているアズマネザサを抜き取ると、まるで神主がやるような仕草で「悪霊祓い!」と言ってこいつらを樹液から追っ払っていた。
 今はもうその木も伐採されてしまっているだろう。

 半屋外性らしく、人家にも入ってくるらしい。
 しかし、クロゴキブリよりは汚くはないのだろうがなかなか触る気にはならない。
 ゴキブリの腹側の姿もどうにもダメである。
 多分これは生涯かかっても変わることはないのだろうなぁ。

2013年12月9日月曜日

ハラビロトンボ



 その名の通り腹の幅が広いトンボである。
 このトンボは大学生になって山梨に昆虫採集に行った時に初めて見た。
 でも、名前だけは幼稚園児の頃から知っていた。

 兄は小さいころどういう経緯かは知らないが図鑑をたくさん持っていたようで、そのお下がりを自分がもらっていた。
 その中にもちろん昆虫図鑑もあり、そこに出ていたのがこのハラビロトンボだったのである。
 オスとメスの色、形の違い、さらにメスの腹の太さは気持ち悪く感じたのを覚えている。
 写真の上がオスで下がメスである。
 そしてカマキリやゴキブリのように腹端に逆Vの字に付属肢を鉛筆で書き加えていた。

 大学生になって実物を見ると、すっかり気に入ってしまい、写真を撮りまくっていた。
 人間とは変わるものである。

2013年12月8日日曜日

タマムシ


 虫があまり好きではない人も知っているきれいな甲虫である。

 小学校1年か2年の頃、交代勤務の父が夜勤の日だった。
 午前中近所の雑木林に一緒に虫採りに出かけた時のことである。
 林の中の道の上、それほど高くない所にタマムシが1匹飛んでいた。
 なんということもなく父が捕まえてくれ、家に持って帰った。

 家では虫籠の中に入れられたタマムシはブンブン飛び回り、翅の下の腹の背側の美しい色を見せていた。
 この色は緑色を主体とする翅や前胸背板とは全然色が違い青っぽいのだ。
 父は夕方出勤するので寝ており、母は買い物に出ていて一人でこれを見ていた。
 しばらくはそのまま見ていたのだが、そのうちこれをじっくり見たいという欲望が湧いてきた。
 
 一人でいて、とりあえずいじくり回しても怒る人がいないのをいいことに、虫籠からタマムシを出すと前翅を強引に開いて腹の背の色を見ていた。
 タマムシにもそれは迷惑な話で、中々簡単には翅を開いてくれない。
 何度かやっているうちに、片方の前翅が取れてしまった。
 頭のなかに「せっかくお父さんが採ってくれたのに。目を覚まして、これを見たら怒られるだろうなぁ。」という思いがあった。

 母が帰って来た時には別段タマムシについては触れなかった。
 いよいよ父が起きると「なんか、ブンブン飛んでいるうちに翅が取れちゃった。」と嘘をついた。
 父は「そうか。」とだけ言った。
 そんな嘘簡単にバレるに決まっているが、父は別段咎めはしなかった。
 子供には良くあることだ、とでも思ったのだろうか。

 写真のタマムシは切り倒して玉切にしたサクラの材に産卵しているものである。
 タマムシの食餌木としてはサクラ、エノキがすぐに思い当たるが結構嗜好性は広いらしく、去年はコブシに産卵しているものを見た。

2013年12月2日月曜日

オオミドリシジミ


 小学校6年の時に買ってもらった旺文社の昆虫図鑑。
 標本写真が基本なのだが、生態写真も織り交ぜて編集してある。
 しばらくはバイブルであった(まだ手元にある)。
 この中で目を奪われたのがミドリシジミ類、ゼフィルスのところである。
 生態写真に写っている構造色の美しさはまるでモルフォのようで、いつも釘付けになっては家族中に「この蝶が見たいなぁ」と話していた。
 すると大学のサークルの山小屋から帰って来た兄が一言。
 「この間行っていた山小屋のところにいたよ。」
 「ホント?! 来年も行く?行くなら連れてって!」
 「いいよ。」
 もう来年の夏が楽しみでしょうがない。

 そして中学1年の夏休み、兄は約束通り山小屋に連れて行ってくれた。
 何泊したかは覚えていないが、終盤に差し掛かっていた頃の話である。
 余り行かない裏道を歩いていると、キラキラ光るものがスギだったかヒノキだったかの梢の上をチラチラ飛んでいる。
 「とまれ~、とまれ~」と心に念じていると梢の先にとまった!
 でも、まだゼフィルスかどうかはわからない。
 そおっと、そおっとじっくりと近づく。
 とにかく逃げられないように。
 でもできるだけ遠くから網を振らないと感づかれて逃げられるかもしれない、そう思いとにかく行けるところまで行く。
 そして心臓が飛び出しそうな心持ちでつなぎ竿を全部つなぐ。
 この時、竿なんかあまり見ずとまった蝶をずっと見ている。
 もしかしたら飛んでしまうかもしれない、見失ったら一巻の終わりだ、そんなふうに思いながら竿を手探りでつなぐ。
 そしていよいよ網を振った。
 「入った!」
 網が裏返しになったり、口が開かないようにそっと地面に下ろして中を確かめる。
 「やった!捕まえた!ミドリシジミだ!」
 感動で手が震えてなかなかうまく胸を押すことができない。
 蝶を捕まえて手が震えるなんて初めての経験だ。
 それでもなんとか胸を押し、蝶の動きを止めた。
 三角紙を持って来ていなかったので、山小屋に取りに戻り兄に報告する。
 兄は笑顔で「良かったな、来て良かったな。」と言ってくれた。

 二匹目のドジョウを、と言う気持ちではなかったが、さっきと同じように歩いていけばもう1匹採れるかも、と思いながら先ほどの道を行く。
 果たして2匹目がいた!
 これも同じようにとって嬉しく山小屋に戻った。

 さすがに3匹目はいなかったが、ものすごい満足感で満たされていた。
 とれた蝶はかなり鱗粉が取れていて、家に帰ってしばらくして「オオミドリシジミ」だと判明した。
 
 初めてゼフィルスをとった歳だった。

ヨツボシケシキスイ


 小学校に通っている間、夏というとだいたいまっすぐに家に帰ってはいなかった。
 オオカマキリのところで書いた「大家の土地」の近くに1階建てのアパートが建ち並んでいるところがあり、そのそばの駐車場にコナラが何本か植栽されていた。
 このコナラはよく樹液が出る木だったので、昆虫がよく集まっていた。
 でも学校帰りのことなので、カブトムシやクワガタの出てくる時間帯ではなく、もっぱらこのヨツボシケシキスイが良くいた。
 
 このヨツボシケシキスイ、柄も中々きれいなのだが、それより惹かれるのは大顎である。
 まるでクワガタのようである。
 立派である。
 しかし、いかんせん小さい昆虫であるので迫力がない。
 しかも全体に丸みが強く中々つかみにくい。
 いるところが芯材と樹皮の間などこれまた取り出しにくいところ。
 でも、格好良くて好きな昆虫なのである。

ノコギリクワガタ


 子供の頃、夏になるとカブトムシやクワガタを飼っていた。
 その頃は今のように飼育用のプラステックケースなんて中々手に入らなかったので、たらいにプラスチックの板を載せて飼っていた。
 採れていたクワガタはこのノコギリクワガタと、コクワガタだった。
 餌も当然カブトムシゼリーなんか売っていないから、家族の食べたスイカやメロンの皮を与えていた。
 子供がそんなに甲斐甲斐しく世話をするわけもなく、これらの餌はよく腐り、ショウジョウバエの天国となっていた。
 夜になるとガサガサうるさいから、たらいはベランダに出されていた。
 朝になって様子を見ると、大概たらいの上にはどこからか飛んできたノコギリクワガタが乗っていた。
 採集に行かずとも毎日クワガタが増えていく、そんな時代だった。
 小学校1、2年生の頃だったろうか。

2013年11月27日水曜日

オオカマキリ


 その名の通り大きなカマキリ。
 子供の頃はバッタなんかと一緒に「直翅目」にまとめられていたが、現在は「カマキリ目」となっている。

 子供の頃住んでいた団地では「チョウセンカマキリ」が圧倒的に多く、オオカマキリは少なかった。
 子供仲間ではオオカマキリを採ると羨ましがられたが、コカマキリは格が低く、あまり相手にされていなかった。
 地域柄なのか、最近はチョウセンカマキリをあまり見ていない。
 カマキリというと秋にセイタカアワダチソウにとまって餌を待っているイメージがある。
 小学校の帰り道に「大家の土地」と呼ばれる大きな牧草地があった。
 その周りのフェンスにセイタカアワダチソウがよく生えていて、そこでよくカマキリを捕まえていた。
 セイタカアワダチソウで捕まえたカマキリを各々みんなで持って、イチモンジセセリなどを捕まえては食べさせていた。

 カマキリというと「偽瞳孔」を連想する。
 どこからカマキリの複眼を見てもこちらを見返しているようにみえる。
 小さな黒い点がいつもこちらを向いているのである。
 子供の頃はこれが不思議でしょうがなかった。

ウスバキトンボ


 東京あたりでは夏にどこからともなくやって来て、どんどん数が増えて秋にいなくなってしまうトンボ。
 漢字にすると「薄翅黄蜻蛉」になるのだろうか。
 ひ弱な感じのするトンボであることは間違いない。

 このトンボはよく母方の田舎で見ていた。
 自分の住んでいた千葉県では余り見ることはなく、夏休みに母方の田舎に行くと河原の近くの空き地に沢山飛んでいた。
 アキアカネなどを見慣れている自分にとって、茶色と薄い灰色の組み合わせの色調は違和感があり、ちょっと手荒に扱うと潰れてしまう身体のこのトンボは好きではなかった。

 田舎で父にこのトンボの名前を聞くと、「ウスバキトンボだけど、このトンボはお彼岸の頃にやってくる。ご先祖様と帰ってくるから「精霊蜻蛉」と言うんだよ。」と教えてくれた。
 そんな話を聞いてますます捕まえる気がなくなったトンボである。

 昼間は殆どの時間飛び回っているが、夕方になるとこのように群れてとまっているのも変な習性である。

2013年11月18日月曜日

ニワハンミョウ


 小学校1年の春、誕生日の翌日家族で千葉の養老渓谷に行った。
 自分の誕生日の翌日は兄の誕生日で祝日であり、なおかつ父の休みが重なったため家族全員での小旅行となったのである(この後この場所には家族で何回か行き、思い出深い場所である)。
 この時初めて見た虫のうちの一つがこの「ニワハンミョウ」。
 養老渓谷にはハンミョウもいて、その美しさにたちまちとりこにされてしまった(これが今に続くわけである)。
 その頃も虫が大好きであったが、知識がそれ程もあるわけではなく、父も結構虫の名前は知っていたがニワハンミョウは知らなかったようである。
 暫くの間我が家ではニワハンミョウは「ハンミョウのメス」という扱いになっていた。
 ハンミョウとニワハンミョウをそれぞれ2~3匹づつ持ち帰り、死んでしまうとワイシャツについている虫ピンを刺し、標本のようにしていた。
 まだ当然標本箱はなく、かまぼこの板にとめただけのものであった。

 写真のニワハンミョウは前翅の途中で色が変化している個体である。
 これまでこのような個体はこの個体しか見たことがない。